憧れの3大テノール
ようこそ!ブーです。
今日は、声楽家の憧れ「3大テノール」について紹介します。
テノールとは
テノール(テナー)は、英語でtenorイタリア語ではtenoreと言います。
高い声域の男声歌手や、その声域(高さの決まった歌声のパート)全体を表す言葉です。
高い声域といっても、ソプラノのように裏声(ファルセット)をたくさん使う音の高さではなく、女声の声域より低く・男声のバスよりも高い「男声の高音域」を担当する声域を指します。
オペラなどではソプラノがヒロイン、テノールがヒーロー(主役)や物語の重要な役どころに使われることが多く、明るく華やかな印象です。
3大テノール
「3大テノール」は3人のテノール歌手、ルチアーノ・パヴァロッティ、プラシド・ドミンゴ、ホセ・カレーラスを指す日本での名称で、この3人が共同でコンサート等の活動を行ったときに使っていた「The Three Tenors」からきている言葉です。(活動期間1990~2003年)
実際の訳だと「三人のテノール」という風になるハズなのに、なぜ「3大」と訳されているのでしょうか?
それは、この3人が当時を代表する人気と実力を兼ね備えた、イタリアオペラを歌う歌手としてトップに君臨していた人物達だったからです。(かつては良きライバル)
同じテノールの歌手ですが、それぞれ特徴が違って実力もある3人が集まると、華やかでまるで夢のようです。↓
そして『あいつメッチャ歌うやん…。笑』という雰囲気や、『つぎ誰?オレが歌っていいの?』『あ!オレの番じゃなかった…。汗』というやり取りが即興的で、観ているとワクワクします。
ですが2004年パヴァロッティが引退表明したため、2003年のコンサートを最後に活動は無くなり、2007年にパヴァロッティが亡くなったので3人での活動は幕を閉じたのでした。
「その時代を代表するトップ歌手」という意味合いで『三大テノール』という言葉はその後も使われ続け、次は誰が選らばれるのかという議論はプロアマ関係なく世界各地で繰り広げられました。
“新”三大テノールの候補は数人挙がっていましたが、3大と言われるほどの実力と人気がある歌手といえばまだまだソロの活動が忙しかったり、そんなスター性のある歌手を3人も選出するとなると難しいため、現在では『3大テノール』という言葉自体が廃れてきています。
ルチアーノ・パヴァロッティ
Luciano Pavarotti(ルチアーノ・パヴァロッティ、1935年10月12日-2007年9月6日没)は、イタリアのテノール歌手です。
華やかで奥行きのある声と豊かな声量のため「神に祝福された声」や、「キング・オブ・ハイC」と呼ばれるほどの技術を持った、20世紀後半を代表するオペラ歌手の1人です。
3大テノールの中では年長者だったので、2004年にはオペラの舞台から身を引き、同年から世界中を巡る引退コンサート・ツアーを行ないました。
人生最後の舞台は2006年のトリノオリンピックです。
歌は録音だったので口パクでしたが、音響の問題や気候、彼の年齢・生涯最後の舞台ということを考えると、むしろ最後のステージで「有終の美を飾る」ことができて良い演出だったのではないかと思います。
プラシド・ドミンゴ
José Plácido Domingo Embil(ホセ・プラシド・ドミンゴ・エンビル、1941年1月21日~ )は、スペイン出身のテノール歌手です。
両親ともに歌手で、劇団を経営していたのでドミンゴも子役として幼いころから舞台に立っていました。
歌の技術もすばらしいですが、音楽学校ではピアノと指揮を学んでいたので、そのピアノの腕前はCDの収録を頼まれるほどだそうです。
現在は、指揮者や歌劇場芸術監督としても活動しています。
ホセ・カレーラス
Josep Carreras i Coll(ホセ・カレーラス・イ・コル、1946年12月5日~)は、ドミンゴと同じスペイン出身のテノール歌手です。
3人の中では最年少ですが、幼い頃から音楽の才能に恵まれ、30~50歳代が主役として活躍しているオペラの世界でも、20代のころから数々の主役を務められるほどの技術と歌声を持っていました。
現在でも日本でコンサートを行なうなど、歌手として精力的に活動しています。
切ないね…
3大テノールの活動は、1990年イタリアで行われたサッカーワールドカップの前夜祭として行われたコンサートが始まりです。
その他にも世界各国でコンサートを行い、色々なレパートリーの曲を歌って観客を楽しませたので、テノールやオペラの魅力を大衆に広めることに大きく貢献しました。
ですがパヴァロッティが亡くなってからは灯火が消えたように、テノールの豪華で贅沢さを感じる情熱的なコンサートが無くなってしまったように思います。
3大テノールが活躍していた時代はテノール歌手があんなに輝いていたのになぁ…、と思うと切ない気持ちになるのでした。