愛と勇気のヒーロー「アンパンマン」、その生みの親である「やなせたかし」さんの思いがけない半生。
ようこそ!ブーです。
今日は、永遠の正義の味方「アンパンマン」の生みの親である、柳瀬嵩(やなせたかし)さんの半生とアンパンマン、それに関連した曲について書きます。
やなせさんのかなしい半生
ブーが小さいころからおじいさんだった、やなせさん。
あの「アンパンマン」の作者というんだから、きっと楽しくて幸せな人生を送ってきたんだろうなと思っていました。
しかしブーが想像していた人生では無かったようです。
やなせさんが5歳のころに、新聞記者として中国で働いていた大好きなお父さんが若くして亡くなり、幼い弟は四国の高知県で開業医をしている伯父さんの家に養子としてひきとられて行きます。
やがて、お母さんが再婚することになり「子どもは連れて行けない」ということで、弟が養子になっている伯父さんの家にひきとられました。
親の愛情が1番必要な時期に、両親とも失ってしまった悲しみはいったいどれだけつらいことだったでしょう。
やなせさんはこう語っています。
「伯父の家ではけっして差別はなかった。ただ僕はどうしてもいくらか遠慮がちで、弟のように甘えてわがままを言うことはなかった」
「ぼくのまわりの人々はみんな温和で善良であったから、ぼくはなんとか逆風の中で生きのびることができた。それでも小学生のときに自殺したくなって、線路をさまよったこともある。」
そんな境遇からつくられた曲を紹介します。
さびしいカシの木
作詞・やなせたかし 作曲・木下牧子
「山の上のいっぽんの、さびしいさびしいカシの木が、とおくの国へいきたいと、空ゆく雲にたのんだが、雲は流れてきえてしまった
山の上のいっぽんの、さびしいさびしいカシの木が、私といっしょにくらしてと、やさしい風にたのんだが、風はどこかへきえてしまった
山の上のいっぽんの、さびしいさびしいカシの木は、今ではとっても年をとり、ほほえみながらたっている、さびしいことになれてしまった」
この曲は、やなせさんの詩集「愛する歌」の詩に、木下牧子さんが作曲した曲集の中の1曲です。
1番の歌詞は、亡くなってしまったお父さんのことを思って書いた詩です。
遠い国で亡くなってしまったお父さん、僕も一緒に行きたかったよ、今となっては叶わないけれど。
2番の歌詞は、再婚して会えなくなったお母さんのことを思って書いた詩です。
優しいやさしいお母さん、僕と一緒に暮らしてほしかったのに、いったいどこに行ってしまったの?
3番の歌詞は、どんなにつらく悲しくてもいつかは年をとって大人(おじいさん)になる、悲しいことにも慣れて普通の日常を送っていることを書いた詩です。
でも、なんて悲しい微笑みなのでしょうか。
「さびしいことになれてしまった」と思っていないと、つらくてどうしようも無かったのかな…と考えるとやるせないですね。
やなせさんは「ふとした瞬間にさびしさがこみ上げる」とも言っています。
それはきっと幼少期のノスタルジーのせいなんだろうな。
演奏会で説明を聞いてから演奏を聴くと、本当に涙が止まらないよ~。
「さびしい」という心の叫びと、「言っても仕方が無いことだ」と諦めているような感情を、話しかけるように優しく歌うのでなおさら切ないんです。
「山の上のいっぽんのさびしいカシの木」という表現で、さびしそうな風景が想像しやすくてブーは感情移入しまくりでした。
アンパンマン
いろんなことがあったから、やなせさんが書いた絵や詩はどれも心に響くのかなと思います。
やなせさんは徴兵のため軍隊に入って、中国に出征したという過去をお持ちです。
たまたま戦闘のない地域に従軍していて、職種も戦闘を担当していなかったので人に銃を向けることはありませんでしたが、当時の日本は物資が少なかったため飢えという苦しみを味わうことになります。
それでも戦争での正義を信じ続けていたのです。
そんな中いつも自分の味方だった弟が、海軍に志願し22歳で太平洋戦争中に亡くなってしまったのでした。
このとき「正義のために闘うなんて、そんなのは本当の正義じゃない」と悟ります。
そんな境遇から生まれたのが、アンパンマンです。
アンパンマンの正義は、元気の無い人やお腹が減っている人に「顔を食べさせる」という自己犠牲の上に成り立っています。
そして、正義を行うからといって決して強いというわけでもありません。
顔が汚れたりぬれただけでも、とたんにヘロヘロになってしまい、新しい顔にしてもらうまで待たなければならないのです。
そんな世界最弱のヒーローだけど、本当の正義とは困っている人に手を差し伸べて愛と勇気をふりしぼる(自分を犠牲にしてでも守ってあげる)ことが出来る人であり、強さを誇示することじゃないと思うんです。
だからブーは、弱くても笑って手を差し伸べることができるアンパンマンが大好きです。
短い人生を楽しんで、時には困っている人に手を差し伸べられるような、そんな人間になりたいと思います。